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PACの歩み・哲学について 

  

PACの歴史を簡単に教えてください。
家づくりのキーワードは何ですか。
「エアサイクル」と名づけた家がいろいろあるようですが。
PAC住宅から派生しているシステムが多数あるようですが
健=人+建とは。



PACの歴史を簡単に教えてください。
PACの歴史は1977年からです。最初の20年間、1997年(平成9年)まで地元工務店を会員としたPACグループの本部としての活動をしていました。その間に、北海道と沖縄を除く全国に約150社の会員工務店に参加いただきおよそ7000棟のPAC住宅が会員工務店により建築されました。
20年目の1997年を節目にグループを解散して、本質的に家づくりの方向性が同じ建主と歩みたいと自らPAC住宅を設計し施工する道を選び活動。2009年にエアサイクルハウジングに事業承継。

家づくりのキーワードは何ですか。

健康・安全・高耐久が原点です。
1977年、建物を腐らせないという観点から、土台や柱・梁を「流れる空気に触れさせる」工法として「エアサイクル住宅」を発表、1979年、その流れる空気を、冬は太陽熱で暖かく、夏は夜間の外冷気で涼しくし、建物の躯体内空間に流すパッシブソーラーとして「PAC住宅」に発展させました。
1982年にはPAC工法プラス広がり空間の家づくりで「健康住宅宣言」をし、1992年ソーラー住宅システム認定取得、1994年には横浜国立大学と室内空気汚染となる建材の実態調査と、本格的に安全で健康な住宅をトータルに追求し、薬剤や機械設備に頼らない、安全な自然素材をベースとした家づくりに飛躍、自然住宅・エコロジー住宅の要素が大きく加わってきました。
さらに
「顔の見える関係」がキーワードになりました。
PACグループ本部時代は、会員工務店との関係で建主の顔は全く見えなかったのですが、1997年グループ解散以降は、建主との関係から始まり、例えば国産材や無農薬畳の生産者、家具職人、陶芸家、ロートアイアンのデザイナー、ガラス作家そして腕のいい大工、左官などの職人たちと顔の見える関係を築き、一つひとつの家を、家族の生活や感性に応じて設計・施工していく「一品の家」をつくりあげました。
そして「ハイブリッド住宅」へ。
「一品の家づくり」は素晴らしいものですが、やはり、コストがそれなりにかかってしまいますので、「流れる空気に触れさせる」工法、健康、安全、顔の見える関係などの基本コンセプトを踏襲しながら、プレカットなどの利用による工期短縮などの工夫をしてコストを低減した「ハイブリッド住宅」を提案し、より多くのご要望に応えさせていただいております

「エアサイクル」と名づけた家がいろいろあるようですが。
1977年に開発者の田中慶明が、空気循環する家を意味する「エアサイクル住宅」を発案しましたが、商標登録を当時のパートナーである共同開発者(故人)の名前でしました。2年後には二人は別れることになるのですが、それを機に、二人が正式に使用できることになり、故人は、メーカーにその名前を譲り、フクビ「エアサイクルの家」として名称が使われ、エアサイクル住宅はPAC住宅に発展していきます。どちらも会員工務店を組織化(当社は1997年に解散)していましたので、そこを離脱した工務店が、エアサイクルの名前をそのまま使用しつづけたり、また、わかりやすい用語ということもあり商標登録ではなく一般用語と勘違いして使われたりする会社も数多くありますのでご注意ください。尚、当社のエアサイクル住宅はPAC住宅(パッシブエアサイクル住宅)と表現しています。



PAC住宅から派生しているシステムが多数あるようですが。

主なものは、1984年フクビエアサイクルの家(共同開発者(故人)からの流れ)、1986年ヘルシーハウス(元会員から)、1988年ソーラーサーキット(元会員の外断熱二重通気工法から)、1997年には、元会員からエアムーブ住宅とエアパスソーラーが生れています。その他、間接的類似工法は把握できないほどの数になっています。いずれも建物に空気を流す意味合いが大きいことを示していますが、内容はそれぞれに異なるようですので、十分にご検討ください。


健=人+建とは。
1982年に健康住宅宣言、その時に健康住宅の意味を総合的に示しました。健康な住宅は、住む人の健康と建物の健康を同時に実現するもの、四つの健康性「住む人のこころと身体、建物の耐久性と耐用性」をPAC工法と広がり空間の間取りで実現することを提案しています。
 


 
田中慶明by 田中慶明 Yoshiaki Tanaka tanaka@pppac.com