食べるということ

ご飯を美味しく炊くよろこびr

ご飯の具体的な焚き方に入る前に、日本人とお米の深い関わりについて。かつてお米は食管制度のもと、配給制だった。各家庭に米穀通帳があって、お米屋さんでしか買えなかった。第二次世界大戦後の食糧難の時代に主食の米を国民に届けるという、生命の糧の存在であったことになる。しかもこの時期は節約と栄養価を考えて玄米ないし7分搗きを食べることが義務付けられていたそうだ。昔の映画の中で、ビール瓶や一升瓶の中の米を、棒で突っついているシーンがあるが、家庭で白米を食べたいときにそうやって皮を取り除いていた。今でこそ健康のためと玄米がブームになっているが、戦争経験者の世代にとって白米は特別の意味があるのだと思う。
1970年代あたりから、お米屋さん以外でもお米が入手できるようになり、この制度もなし崩しになったらしい。

さて、私の楽しみの一つご飯炊き。毎朝一合のご飯を土鍋で炊いている。犬の散歩に出かける前にお米を研いでセッティング。3、40分後に炊き始める。強めの火加減で7分弱、ふたの穴から湯気が出始めたらすぐに火を弱め3分ほど、火を止める前に2、3秒強火にしてスイッチオフ。少々蒸らして、今は、大体こんな感じでいつでもかなり美味しいご飯が炊けている。
炊飯器をやめて土鍋に落ち着くまでには、実はずいぶんと挑戦をした。まず手持ちの鍋で片っ端からご飯を炊いてみた。ホーロー鍋・ルクルーゼ、ステンレス多層鍋・ビタクラフト、圧力鍋など。
同じ水加減で炊いても鍋によって微妙にシットリ感が違ったり、お米の料理によっても、たとえばピラフなどはルクルーゼの鍋が向いていそうだとか、すっかりご飯炊きにはまってしまった。
いつしか、どの鍋を使っても、お米の質や量が変わっても、またどんなお米料理でも美味しいご飯が炊けるようになることが密かな喜びに変わっていた。

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最初に使った土鍋は伊賀焼きのかまどさん。なかなかコツがつかめずしばらくはずいぶんおこげをつくっていた。多少のおこげは香ばしく美味しいのだけれど一合炊きだと油断するとおこげがかたくなりすぎてしまう。
土鍋に慣れていないせいで、水分がある程度飛んでから火を消していたのが原因だった。それからは水分が残っている段階で火を消し、おこげのコントロールも上手にできるようになった。
今、活躍中の土鍋は陶芸家の個展で見つけた。素焼で、高さ20センチほどの円筒型、ふたも取っても大変ユニークなデザインでひと目で気に入った。
デザインが良い上に機能性も抜群という、優れものである。沸騰した湯気がふたの中にたまって本体の周りにおちにくい、また素焼きの効果と思うが、シットリ感を残しつつ湿っぽさがないという絶妙のバランスで炊き上がる。
ただし、素焼きの円筒型土鍋は炊き上がったら内側の鍋肌におしゃもじで湿らせてからよそわないとご飯がこびりついてしまう。そんな簡単なことが最初のうちは気づかず、長い円筒の内側にずいぶんご飯粒をくっつけてしまっていた。

不思議なものでご飯を美味しく炊くことに喜びを感じるようになってから、お野菜のおひたしの湯がく時間、野菜の火加減・柔らかさなどにとても敏感になった。
素材の持つ美味しさをできるだけ引き出そうとの思いは、素材の栄養価をできるだけ逃がさないことにつながると思う。
最後にお米の話で締めくくるなら、人によって違うにしても、毎日、3回食べても厭きないご飯ってすごい。(2008.4)

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